nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー: アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

教育科学政治経済などなど、あらゆる分野において世界の最先端を走る国であるアメリカがなぜドナルド・トランプを大統領に選んだのか? その不合理で不可解な現実をさまざまな角度から解き明かそうとする議論がメディアにあふれており、本書もその文脈において取り上げられることが多い一冊です。とりわけ日本社会で生活していると「リベラル」なアメリカ白人像しかメディアに取り上げられませんが、しかし3億人いるアメリカ人すべてがそうではない。なかには輝かしい経済発展から取り残され人々、そしてその状況が常態化した地域があり、経済的文化的政治的貧困から抜け出せず、子供もそれを受け継がざるを得ないという状況があるわけです。古い社会学の単語を使うならば「階級」。それが従来支配的階層とされてきた白人社会にも存在するという驚きがありました。

アメリカ社会と経済から疎外された白人たち――そのような人々がいることを描いたという点でも読むに値するのですが、しかし本書が爆発的に読まれているのはそれだけではないと考えています。要するに「読み物として面白い」。本書は筆者が自らの生まれ育ちを振り返るというものですが、その記述がどこか客観的でありながら、ときには感情的でもあり、そのバランスが非常に優れいています。筆者はいわば成功者なのですが、その成功した現在の立場から故郷を軽侮するわけでもなく、事実とその時感じていたことを淡々と述べていく。あるいは社会核的な視点で分析をしつつ、一方で故郷愛が見え隠れしてるような記述も散見されており、そうしたバランスがとてもいい具合だとわたしは感じました。頭の良さが読んでいるだけで手に取るようにわかり、社会的に成功するのもうなづけますね(´・ω・`)

Mike Gancarz『UNIXという考え方: その設計思想と哲学』(オーム社)

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

ソフトウェアを語るとき、その「思想」が取り上げられる時があります。対象のソフトウェアがどのような考え方のもとに作られたのか、その考え方はどのような歴史的文脈の元生まれたのか? 本書はそのタイトルの通り、偉大なるソフトウェアのひとつUnixの「思想」を読み解いたものになります。

たとえWindowsを中心とするプログラマだとしてもUnixを知ることはとても価値があります。WindowsがPCのOS業界のシェアを大半を占めている現代社会においても、ユニークなソフトウェアはUnixやその衣鉢を継ぐLinuxの文脈から生まれます。誤解をおそれずにいえば、Windowsからは何も生まれず、ただUnixの成果が移植されているだけに過ぎないのです。いわばソフトウェアを生み出す基盤であるUnix。それを知ることがプログラマに利益をもたらさない――ということがあり得るでしょうか?

あるいはUnixが歴史の深いソフトウェアであることにも目を向けるべきです。一日千秋日進月歩のソフトウェア業界において、四半世紀にわたり利用され続けているということは、そこに使われ続けるだけの理由があり、そして使われていく中で蓄積された素晴らしいノウハウがあるということになります。酸いも甘いもかみ分けた経験に学びましょう。本書はその手掛かりになるとわたしは考えます。

来住英俊『キリスト教は役に立つか』(新潮選書)

キリスト教は役に立つか (新潮選書)

キリスト教は役に立つか (新潮選書)

目から鱗の啓蒙書――というと、えらく安っぽくなりますが、しかし事実なのだから仕方がない。

本書は灘高→東大卒の神父様が「キリスト教を信じることと信じることによって得られる幸せとは何か」を語った、啓蒙的な性質を持つ神学書です。本書が面白いのは信仰とその喜びを記述するにあたって、小難しい神学的概念を語らず、あるいは劇的な宗教的体験を持ち出すこともありません。日常の平易な言葉を使いつつ、理性的かつロジカルに「信仰とは何か」「キリストとは何か」そして「キリスト教的幸福とは何か」をつづっていきます。宗教にかかわることだと、どうしてもエキセントリックな信仰体験を描きがち、そして読者もそのようなものを求めがちですが、本書にはそのようなものはなく、他愛もない平凡な日常に軸足を置いていることに好感を抱きました。

もう一点ユニークだった点としては、本書がカトリック司祭によって書かれたということ。この手の啓蒙活動――というより伝道活動はプロテスタント系のほうが熱心だというイメージがあったため、このような一般書がカトリックの担い手により書かれたことが意外に感じられました。

繰り返すように、本書には宗教の宗教性を強調するようなエピソードはあらわれず、日常的な信仰がどのようなものなのかをときにユーモアなどを交えながら、わかりやすく端的に語ります。日々の何気ない生活と、その対極にある宗教心。その両者がどのように結びつくのかが理解できる――とまではいわないものの、そのとっかかりにはなったと感じられる1冊でした。

最近読んだ海外小説: 『細い線』『あしながおじさん』『カクテル・ウェイトレス』

最近はいろいろな意味でストレスフルな仕事が続いており、読書意欲、とりわけ小説ジャンルに対する意欲が落ちていました。夏バテで食欲が落ちるようなものでしょうか。小説を読むには精神的な余裕がいるということを実感させられる毎日です。転職したい(´・ω・`) でもそんな時間も気力もない(´・ω・`)

ただそんな毎日でも面白い小説には出会うので、そのいくつかの感想をブログに残しておきたいと思います。

エドワード・アタイヤ『細い線』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

細い線〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

細い線〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

本作を買った時期がちょうど出版されたばかりだったらしく、平積み状態だったので、ついつい手に取ったのですが、想定外に面白い作品でした。話の内容としては「夫が浮気相手である親友の妻を殺してしまうが、それが発覚しないため、悶々とした日々を送る」というもの――というより、それだけの内容なのですが、その「悶々」加減の心理描写が非常にうまく、まるで自分が犯した罪であるかのような気分に陥ります。また物語もゆっくりと動いていくのですが、その転がり方がかなり意外で、とりわけラストは衝撃の一言でした。

ジーン・ウェブスターあしながおじさん』(光文社古典新訳文庫)

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)

少女小説の古典ですが、20代も後半に差し掛かろうとする独身男子が読んでみました。読んだ感想としては「こんな面白い話があるなら、早く教えてよー」というもの。帯には「女子だけが知っている名作」(うろ覚え)とあったのですが、むしろ男性こそ読むべき作品であると感じました。「日々の生活をしたためた手紙を孤児院出身の主人公が、大学進学費用を工面してくれた篤志家に送る」という書簡体小説で、その手紙のひとつひとつが魅力的であることもさることながら、主人公の成長物語、すなわち教養小説としても楽しく読める作品でした。

ジェームズ・M・ケイン『カクテル・ウェイトレス』(新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

ノワールあるいはハードボイルドジャンルの創始者といっていい作家のひとりであるにもかかわらず、日本だといまいち人気が低く、邦訳も手に入りづらい状況のジェームズ・M・ケイン。本作はその遺作であり、実際には残されていた断片を発掘した編集者がひとつにまとめ上げたという性質の作品のようです。ノワールやハードボイルドジャンルに限らず、創作者が年齢をとると体力や精神力の低下からか、描写が散漫になり、作品の性質が低下してしまうということがあります。とりわけ犯罪小説は緻密な描写が命。しかし本作はケイン晩年の作品ながら、緻密さは失われておらず、一流の犯罪小説として成立しています。さすがケインと思わせる作品でした。

最近読んだ、キリスト教にかかわる小説(+α)

記事タイトルにあるとおり、ここ最近は偶然にもキリスト教がモチーフになった小説を続けて読んだので、その感想を書き散らしておきます。なお紹介する本の一覧は次の通りです。

『沈黙』『権力と栄光』『情事の終わり』

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

権力と栄光 グレアムグリーンセレクション  ハヤカワepi文庫

権力と栄光 グレアムグリーンセレクション ハヤカワepi文庫

情事の終り (新潮文庫)

情事の終り (新潮文庫)

この3冊に描かれるのは「だめなクリスチャン」です。棄教する伝道者、夫の友人と不貞を働く妻、あるいは子を作った挙句に警察から逃げ回る神父。かれらは極端な例かもしれませんが、しかし多かれ少なかれ人間には「だめ」な部分があり、そしてその「だめ」な部分は多くの場合キリスト教信仰とは相いれないものです。「人間の弱さや身勝手さ」と「完璧無比な高潔さを求める信仰」の間には葛藤があり、その葛藤に対して三者三様の答えを導いているとわたしは思いました。正直なところを述べると――キリスト教信仰や道徳を完璧に実践したような聖人のエピソードよりも、自らのどうしようもない弱さに向き合った3作のほうに好感を持ったのも事実です。

『死にゆく者への祈り』

死にゆく者への祈り (ハヤカワ文庫 NV 266)

死にゆく者への祈り (ハヤカワ文庫 NV 266)

これをキリスト教文学にカウントするのは珍しいとは思いますが、とはいえカトリックが作品内の重大なファクターではあるので、個人的にはキリスト教文学の範疇でよいのではと思います。先に挙げた3作と比べると、本作に描かれるクリスチャン像はきわめて力強いものです。キリスト教道徳が求めるところの高潔さを身に着けた神父が自らの信仰の実践として、自らの敵を愛する――「ダメなクリスチャン」よりは人間臭さは減るものの、これはこれでキリスト教信仰の一面を描いたものであり、またそのようなある種の「男性」性が冒険小説/ハードボイルド小説とマッチしています。まあ、そういう小難しい理屈をのぞいても、いわゆる娯楽小説としてはレベルの高い作品だと思います。

『日本の新宗教50: 完全パワーランキング

日本の新宗教50 完全パワーランキング

日本の新宗教50 完全パワーランキング

ゴシップ本の類ではあるのですが、たまにはこういう本も読みたくなります。タイトル通り日本の新興宗教を百科事典的に概説したものです。それ以上でもそれ以下でもないので、過剰な期待はしないように。とはいえ新興宗教界とでもいうべき魑魅魍魎の世界を覗き見る気分にはなれます。あるいは創立されて50年もたたない、あけすけにいえば宗教性があるとも言えないような宗教団体にすら、多くの人々がすがってしまう現実から「人間の難しさ」を見つめなおす機会になるかもしれません。なお記事タイトルにあるキリスト教文学は全く関係ありません(´・ω・`)

湊川あい(著)/DQNEO(監修)『わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門』

わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門〈GitHub、Bitbucket、SourceTree〉

わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門〈GitHub、Bitbucket、SourceTree〉

SVNな開発現場からのレポートです(´・ω・`)

お仕事としてGitを使う機会が少ない――というかほとんどなかったので、これを機会に基礎中の基礎から学ぼうと思い購入しました。Gitの難しさは「Git自体の思想や概念」「コマンド体系」の2つがあると考えています。本書のユニークな点は、この2つの難しさのうち「Git自体の思想や概念」の理解に注力していること。漫画という形式は「Git自体の思想や概念」をビジュアル的に理解するにあたっては最適ですし、また解説にあたってはGUIクライアントツールを利用しているのですが、これは「コマンド体系」の難しさを隠ぺいすることに一役買っています。

漫画にしろGUIにしろ職人気質のプログラマからは低く見られがちな要素ではありますが、しかし初心者向けあるいは非プログラマ向けという観点からみると、この2つを採用した戦略は全く正しいと思います。少なくともわたしには「はまる」一冊でした。

最後にひとつだけ。個人的にはわかばちゃんよりエルマスさん派です(´・ω・`)

矢野啓介『プログラマのための文字コード技術入門』(技術評論社)

プログラマのための文字コード技術入門 (WEB+DB PRESS plus) (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

プログラマのための文字コード技術入門 (WEB+DB PRESS plus) (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

日本社会でプログラマ稼業/システムエンジニア稼業をやっていて避けて通れないのが文字コード。とりわけわたしのようにSIerで働いていると、複数システムの連携において文字コードが問題になることが頻繁にあります。「Windowsシステムが送ってきたShift-JISのcsvUnixベースのシステムにとりこみ、この結果をUTF-8csvにしてLinuxシステムに送る」程度であればまだかわいいほうで、ここにメインフレームやらLotus NotesやらEメールやらがかかわると、途端に地獄を見ることになります。かくいうわたし自身も文字コード起因のトラブルに巻き込まれたということもあり、本書を手に取った次第です。

文字コードの基礎の基礎から学べ、なおかつその応用まで一冊です。文字コードに関する技術はもちろんのこと、文字コードをめぐる歴史や文字コードプログラミング言語の関係、あるいは文字コードをめぐるトラブルシューティングなどなど、盛りだくさんの内容でした。「入門」とタイトルにはありますが、その割には比較的骨のある内容で、読みとおすには時間と力量が必要になるかもしれません。とはいえその骨太さはそれだけ内容が確かであることの裏返しですし、手元に置いておく価値がある1冊だと思いました。