nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

松尾豊『人工知能は人間を超えるか: ディープラーニングの先にあるもの』

実をいうと人工知能機械学習に関心は少ない。もっともまったくなかったわけではないのだ。わたしは今年からPython3を触り始めているのだが、そのきっかけは機械学習人工知能だった。もっともPython3で遊んでいる間にPython3という言語自体の「出来の良さ」(あるいは「出来の悪さ」)が気に入ってしまい、機械学習人工知能への興味関心が吹き飛んでしまったのだが。

閑話休題。本書の筆者は日本有数の人工知能研究者のひとりである。そのため本書の記述はきわめて現実的である。人工知能とよばれる存在が今現在の世界で何ができて、何ができないのか。人工知能の研究史を交えながら、人工知能の希望と限界について地に足の着いた議論が展開されている。「夢がない」というと言い過ぎかもしれないが、そこらのITコンサルくずれが語る夢物語とは一線を画しており、読む価値があると考える。また全般に平易な記述であり、入門書あるいは啓発書としてのレベルも高いと感じた。


  • よかった点

    • 人工知能の研究者による入門書であり、記述が厳密である。また人工知能/機械学習とひとくくりにされやすい技術が詳細かつ平易に解説されている。
  • 悪かった点

    • 自然科学の立場から書かれているため、社会的な視点がやや弱いように感じられる。人工知能機械学習が社会に与える影響やインパクトについて書かれてはいるもののややおざなりであり、この程度であればなくてもよかったように思う。

石動竜仁『安全保障入門』(星海社新書)

安全保障入門 (星海社新書)

安全保障入門 (星海社新書)

筆者はゆっくり魔理沙のアイコンが有名な軍事ブロガーで、わたしが普段技術情報の収集に利用している「はてぶ」でも、筆者の記事がホットエントリーに上がっているのを見ていました。要するにミーハー精神でこの新書を読んだわけですが、なかなかよかったです。

安全保障に関する本や新書を読むと、かなりの確率で「俺の安全保障論」にぶち当たります。つまり安全保障一般を語るようなタイトルでありながら、実際は筆者の安全保障論が開陳されるだけという本がかなりあるわけです。実は最近そういう羊頭狗肉本を読んでしまい、ちょっとげんなりしてしまうということがありました(余談)。

閑話休題。しかし本書は「俺の安全保障論」ではありません。安全保障に関する視点や論点を多角的に、かつきわめて客観的に紹介しています。いってみれば安全保障の教科書です。『安全保障入門』というタイトルを名乗るにふさわしい内容だと思います。また筆者は公平で客観的な記述を志す一方、「人間が執筆する以上、偏りは避けられない」ということも表明しており、ここにわたしは好感を持ちました。

最近読んだ4冊: 『コーヒーの科学: 「おいしさ」はどこから生まれるのか』『研究不正: 科学者の捏造、改竄、盗用』『平田篤胤: 交響する死者・生者・神々』『ガルブレイス: アメリカ資本主義との格闘』

タイトルが長い(´・ω・`) ここ2-3週間で読んで面白かった本を4冊紹介します。ジャンルはばらばらですが、どれも最近出版されたばかりの新書なので手に入れやすいと思います。

旦部幸博『コーヒーの科学: 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(ブルーバックス)

タイトルだけ見ると「おいしいコーヒーの淹れ方を科学的に解明する!」というような内容を想像しますが、実際は「コーヒーに関する百科事典」というほうが正確でしょう。とりわけ筆者が大学の理系の教授ということもあり、自然科学的な内容が充実しています。それ以外にもコーヒーの歴史や淹れ方の種類など、さまざまな内容が網羅的に掲載されており、勉強になった1冊でした。

黒木登志夫『研究不正: 科学者の捏造、改竄、盗用』(中公新書)

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

科学者の研究不正について、さまざまな事例が集められた1冊です。ひとことに研究不正といっても様々な種類があり、性善説に基づき運営される科学コミュニティの難しさが伝わってきます。また事例紹介に際して、筆者の個人的なエピソードが開陳されることが多々あり、ユーモアを感じさせます。

吉田麻子『平田篤胤: 交響する死者・生者・神々』(平凡社新書)

平田篤胤: 交響する死者・生者・神々 (平凡社新書)

平田篤胤: 交響する死者・生者・神々 (平凡社新書)

左翼大学として有名な国立大学(文系)に通っていたころ、大学の教授たちから発せられる国学者のイメージは悪いものでした。国粋主義的であり、排外主義的であり、あるいは日本を第2次世界大戦に導いた元凶であり……うんぬん。なかでも平田篤胤はやり玉に挙げられやすい国学者だったと記憶しますが、本書によってイメージは覆ったような気がします。本書の解く平田篤胤の思想はどこか雄大さやおおらかさを感じさせ、平田国学という語から想起されるネガティブな印象とはずいぶんと違うものでした。

伊藤光晴『ガルブレイス: アメリカ資本主義との格闘』(岩波新書)

ガルブレイスは大学でアメリカ文学を学んでいたころに1冊読んだきりでした。経済学者というよりは社会学者という印象をそのときは受けたのですが、本書によればそれは間違っていなかったようです。ガルブレイスには、空理空論だけではなく、常に実社会と関係を持ちながら経済という営みを解き明かそうとする態度があり、その態度こそがガルブレイス=社会学者という「誤った」印象を抱かせたのでした。

上田勲『プリンシプルオブプログラミング: 3年目までに身に着けたい一生役立つ101の原理原則』

よいソフトウェアとは何か。あるいはよいソースコードとはどのようなものか。そうした原理原則は主に実戦と経験の中で積み重ねられてきた。もちろんよいソフトウェア/ソースコードを科学的に解明しようとする営みはあり、それがある程度の実績を上げていることは間違いない。しかし有名無名のプログラマたちが日々の実践の中で蓄積してきた知識がなによりも役立つということも事実なのである。

本書は全世界に散らばるプログラマたちが思い思いに積み上げてきたベストプラクティスをひとまとめにしたものである。タイトルにもあるとおり、101個の原理原則に簡単な解説が添えられ、ちょっとした辞書として機能している。あるいはソフトウェアを制作するうえのクックブックといってもいいかもしれない。

本書の面白いところは筆者の思想が見えないところだろう。ソフトウェア技法に関する本はたいてい、その筆者の思想が開陳されている。アジャイル開発がベスト、あるいはウォータフォールに立ち返るべきうんぬん。しかし本書はそれがない。古今東西のソフトウェア技法をとにかく収集&整理しているだけであり、ここが本書の何よりの特徴といえるだろう。


  • よかったところ
    • 全部入り! 古今東西のソフトウェア開発技法が整理収集されている。解説も特定の技法に偏ることもなく、フラットな記述に専心している。
    • それぞれの項目ごとに参考文献が提示されている。要するにその項目の"元ネタ"であり、本書の辞書性あるいは百科事典性を向上させている。
  • 悪かったところ
    • 実際のソースコードが示されていない。この点については筆者は断りを入れているものの、やはりソフトウェアについての本である以上、具体的なソースコードがあってもよかった。
    • 本書の狙いかもしれないが、項目ごとの独立性が強く、関係性が見えずらかった。たとえば項目ごとに「参照すべきほかの項目」の一覧があれば、なおよいように感じられた。

魔夜峰央『翔んで埼玉』(このマンガがすごい!comics)

面白かったのでブログに書評めいたことを残したいのですが――冗談を講釈するほど無粋なこともないと思うので、ごく簡単に済ませておきます(´・ω・`)

表題作『翔んで埼玉』はエスニックジョークの極致です。民族や出身国をステレオタイプ的にとらえ、なおかつそれを笑いものにするエスニックジョークは差別へと接続されかねない危険さを持つ一方、それが冗談であるとわかるハイコンテキストな文脈においては、これほど面白いものはありません。本書というより表題作は明らかに後者。埼玉をエスニックジョーク的に茶化しつつ、その茶化し方が徹底しているため、後味のいい笑いを生み出しているのです。

あと余談ですが、本作はamazonほか、ネットショップで買うことをおすすめします。というのは本作の出版元が「このマンガがすごい!comics」という超マイナーなそれだから。書店のとりわけ漫画コーナは通常「出版元ごと」に分類されているので、マイナーな出版元の本を探すのは結構苦労します。かくいうわたしも川崎市内の某巨大書店で探すのに30分近くかかったのでした……。がってむ(´・ω・`)

最近読んだ3冊: 岡田一郎『革新自治体: 熱狂と挫折に何を学ぶか』(中公新書), 池内恵『【中東大混迷を解く】サイクス=ピコ協定: 百年の呪縛』(新潮選書), 宇野重規『保守主義とは何か: 反フランス革命から現代日本まで』(中公新書)

タイトルが長くなってしまった(´・ω・`) 最近政治系の新書を読む機会が多く、その読んだ中で興味深い3冊を簡単に紹介します。

岡田一郎『革新自治体: 熱狂と挫折に何を学ぶか』(中公新書)

今では考えにくいことですが、社会党あるいは共産党など、左翼/リベラル勢力が地方行政のヘゲモニーを握っているという時代が日本にありました。とくに左翼/リベラル系の政治家が首長を務めていた自治体を指して「革新自治体」といい、教科書的な記述にのっとれば「高度経済成長による公害被害の拡大とともに『革新自治体』は出現、その後福祉政策の拡充を原因とする放漫財政がたたってその姿を消していった」とされていますが、はたして本当でしょうか? 日本社会党史を専門とする筆者により、革新自治体の栄枯盛衰が多面的に検証されており、いまや顧みられなくなった「革新自治体」の総括になっている一冊だとわたしは感じました。

池内恵『【中東大混迷を解く】サイクス=ピコ協定: 百年の呪縛』(新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

イラク戦争やシリア内戦など、混迷を極める中東情勢ですが、その大元凶であるというような文脈において、サイクス=ピコ協定の名前を耳にすることが多くなりました。しかし本当に物事はそれほど単純なのでしょうか? サイクス=ピコ協定ならびにイギリスの3枚舌外交が中東に大きな禍根を残したのは事実でしょう。とはいえ昨今の中東の混迷には、複雑な政治/民族状況が関係しており、とても過去の密約ひとつに集約できるような話ではありません。本書では日本/日本語では得難い、中東に関する良質な情報や中東を観察する視点が提供されており、日本における知現代中東政治研究の第一人者として名高い筆者だけのことはあると思いました。

宇野重規保守主義とは何か: 反フランス革命から現代日本まで』(中公新書)

現代日本において、あるいは多くの先進諸国において、保守主義は強い動揺を迎えています。本屋に行けば、さまざまな著者や知識人たちが思い思いの保守主義を表明していることからも明らかなとおり、「何を保守すべきなのか」がわからない時代になっているのは確かでしょう。本書はエドマンド・バーク保守主義の源流として、その保守主義がイギリス/アメリカ/日本において、どのように拡散し影響したのかをさまざまな思想家を取り上げながら、分析しています。動揺する現代の保守主義において、保守主義とは何かをもういちど問い直す、よい機会になるかもしれませんね。

G・パスカル・ザカリー『闘うプログラマー: ビル・ゲイツの野望を担った男たち』

WindowsといえばMicrosoftMicrosoftといえばビル・ゲイツ。この単純な連想が思いつかない人間がこの地球上にいるのだろうか。そういいたくなるほど、Windows/Microsoft/ビル・ゲイツのもたらした影響は大きい。

しかしMicrosoft帝国を一代で築き上げたビル・ゲイツといえども、たったひとりでWindowsを作り上げたわけではない。Windowsとは複雑で巨大、そして一般消費者向けであるがゆえにバグはゆるされないソフトウェアである。多くのプログラマとその管理者たちがかかわらねば、完成するはずもない。本書はMicrosoft/Windows帝国の礎となったWindows NTを開発する壮大な物語であり、「多くのプログラマとその管理者たち」に焦点を合わせたという点で、またとない作品に仕上がっている。

いわば群像劇である。Windows NTという、当時としては空前絶後のソフトウェアの開発に対して、個性的なソフトウェア開発者はどのようにかかわったのか。そしてそのプロジェクトは個々人の人生にとってどのような意味を持ったのか。本書を読めば、属人化を徹底的に排した人月産業が斬新なソフトウェアを生み出せないということがありありとわかってしまうかもしれない。


  • よかった点
    • ソフトウェア開発プロジェクトの物語を描くにあたって、群像劇的なアプローチを採用したのは非常に斬新。
    • 「読み物」「物語」として優れており、小説といわれても疑わないかもしれない。
  • 悪かった点
    • 2016年現在からすると、話の舞台がやや古い。古いのはまったく構わない(というか仕方ない)のだが、それに対するケアが不十分。要するに「古い」と思われる項目については、簡単な解説ページでもあればよかった。
    • 技術的な単語や内容について、とくにことわりなく話が進むため、IT系に疎い人にとって、読むのにつらいところがあるかもしれない。