nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

柚月裕子『凶犬の眼』(角川書店)が面白かった

少し前に読んだ『孤狼の血』が面白かったので、その続編である本作を読んだのですが、読みごたえがあって面白かったです。GW帰省の新幹線の車中で一気に読み切ってしまった(´・ω・`)

孤狼の血 (角川文庫)

孤狼の血 (角川文庫)

孤狼の血』は実在のやくざ組織や事件を参考にしたと思われる個所は存在するものの、全体としては映画『県警対組織暴力』や『仁義なき戦い』を下敷きにしていました。両映画、とりわけ『仁義なき戦い』は実在の抗争事件をもとにした映画なので、そういう意味では『孤狼の血』は実際の広島抗争をもとにしているといえなくはないのですが、作品全体の雰囲気としては"実録"感はうすめ。あくまで映画・フィクションのオマージュ感が強い一方、本作はかなり"実録"感は強い印象でした。ありていにいうと、本作はいわゆる山一抗争、および、そのさなかに発生した四代目山口組組長射殺事件が元ねたです。とりわけ国光寛郎という人物。彼は作品中の最重要人物なのですが、このモデルはあきらかに一和会系の有力組織の組長で、四代目山口組組長と若頭を射殺した、とある人物です(あいまいな書き方ですが、山一抗争を多少知っている人であれば、すぐわかるほどの超有名人)。そのほかにも登場するやくざのモデルが明らかすぎるほどだったり、ディティールを彩る事件が実際に山一抗争で発生したものとうりふたつであったりと、現実の山一抗争をかなりにおわせる書き方をしています。誤解をおそれずにいうと、本作の完全なるフィクション部分を除けば、『実話時代』のような実話雑誌に掲載されている実録小説と内実はほとんど変わりません。それほどまでに"実録"色が色濃く出ています。

山一抗争は戦後最大の暴力団抗争、もしかするとやくざ史上最大の暴力団抗争で、民間人を含む多数の死傷者を出し、挙句の果てには山口組の組長と若頭までが同時に殺されるという、まさに「血で血を洗う」というにふさわしい戦争でした。しかし抗争を振り返ってみると、繰り返し述べている四代目山口組組長射殺事件を除くと、終始山口組が一和会を圧倒しており、「弱いものが智謀と度胸をふるって、強いものを倒す」というような映画的カタルシスはほとんどありません。確かに規模は史上最大であり、また部分部分を見れば刺激的なトピックもあるのですが、全体を通してみれば「強い奴が勝つ」という現実的で面白みに欠けるのが山一抗争です。これをどのようにしてエンターテイメント小説とするのか。それも敗軍である一和会側の人物を主軸に添えるとなると、かなり難易度が上がりますが、本作はそれを軽々超えていました。しかも、基本ラインは『孤狼の血』と一緒。『孤狼の血』は「一癖もふた癖もある人物に感化されて、青年が成長していく」というホモソーシャル的なビルドゥングスロマンが主軸でしたが、本作でもそうした構造は取り入れられており、作者の物語作者としての手腕を強く感じました。

このてのやくざものは本作で打ち止めというようなことを作者は述べているようですが(媒体失念)、もっと書いてくれないかしらん(´・ω・`)