nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

ジェイムズ・クラムリー『酔いどれの誇り』読了。

酔いどれの誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

酔いどれの誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 いわゆるハードボイルドミステリに属する作風ながら、その文学性と芸術性から本国アメリカでは純文学としても高く評価されているジェイムズ・クラムリー。本作はクラムリー作品のなかでもとりわけ評価されている作品です。アメリカにおける事情はちょっと分かりかねるのですが、少なくとも日本においてジェイムズ・クラムリーというと本作があげられる場合が多いように思われます。

 個人的な考えとして、ハードボイルドミステリは大きく分けて次の2種類があると感じています。つまり「文章で読ませるもの」と「ストーリーで読ませるもの」のふたつ。前者の筆頭格はいうまでもなくレイモンド・チャンドラーでしょう。どの批評を見てもプロットにけちが付けられているチャンドラーの作品がハードボイルド文学の古典であり続けているのは、比喩やせりふに対するチャンドラー特有のセンスであることはいうまでもありません。対して後者の代表としてわたしの頭に浮かぶのはダシール・ハメットです。ハメットの乱暴で簡潔な文体も相当に魅力的ではありますが、ハメットが読み継がれている所以はやはりスピード感あふれる物語展開に他ならないと思います

ガラスの鍵 (光文社古典新訳文庫)

ガラスの鍵 (光文社古典新訳文庫)

 さて本作ですが、前者タイプ、すなわち「文章で読ませる」タイプのハードボイルドでした。とにかく文章がすばらしい。正直にいって500ページ以上ある割に話はふつうというか、少なくとも薄いという印象は受けます。しかしそれを差し引いても本作の価値が下がらないのは、ひとえに文章の巧みさにあるはずです。純文学としての評価もあるということで、原著の英語自体がよいものなのでしょう。しかしながらそれを質の高い日本語に訳してしまう翻訳者の腕にもしびれます。名訳といってよいでしょう。訳者は小鷹信光。日本のハードボイルドを語るうえでは絶対に欠かせない翻訳者のひとりです。