nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

島田荘司『幽体離脱殺人事件』読了。

幽体離脱殺人事件 (カッパ・ノベルズ)

幽体離脱殺人事件 (カッパ・ノベルズ)

 本作は御手洗潔シリーズと双璧をなす吉敷竹史シリーズの長編。わたしはカッパノベルスバージョンを読みましたが、これは絶版。アマゾンには写真もないというありさま。同じ光文社から文庫も出ているようですが、こちらも手に入りません。電子版もないという。

幽体離脱殺人事件 (光文社文庫)

幽体離脱殺人事件 (光文社文庫)

 島田荘司作品を読むたび思うのが、とにかく奇怪であるということ。たとえば死体が発見される状況が異常そのものであるとか、事件現場を偶然通りがかった人が超常現象を目撃するとか、思い付きで書いているとしか思えない状況で事件が始まります。本作においても同様。海上にある夫婦岩に結ばれたしめ縄に死体が引っかかっているという、かなり突飛な状況で死体が発見されます。下手な作家がこういうことを書くと一笑に付してしまいそうですが、そこは島田荘司。彼特有の妙に迫力ある文体がその珍妙な死体発見現場を描くので、読者は変な説得力を感じ、納得してしまうのです。

 そしてこうしたある種の奇怪さが論理的な推理によって解き明かされていく。そのカタルシスに島田荘司作品の肝があると個人的には考えています。もちろん一流の推理作家が考える、大ぼら寸前の奇怪さですから、それを科学的に説明するにはかなりの無理があるときもあります。正直にいって、物理トリックが大掛かりすぎてばかばかしく感じることもなくはない。しかしそれをふくめて島田荘司作品の魅力があるのではないでしょうか(ちょっと盲目的かも……)。いわば幻想とその科学的解明。島田荘司がもっとも得意とするところであり、本作においても十分生かされていたと思いました。

 また本作は吉敷竹史シリーズということから明らかなとおり、社会派推理小説に寄った作品です。もっともここでいう社会派推理小説とは一般的なそれ、すなわち「社会問題を作品の中核におく作品」というよりはむしろ、リアリズムを重視した推理小説という程度の意味合いであり、そのリアリズム志向と「幻想とその解明」が融合しているところに吉敷竹史シリーズの価値があるといえます。この二律背反しかねない志向性を同一作品に押し込めることができたのも、島田荘司の筆力あってのこと。少々無理があってもぐいぐい読者を引っ張る、謎の説得力はどこから湧いてくるのか。不思議です。