nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

エラリー・クイーン『ローマ帽子の謎』読了。

ローマ帽子の謎 (創元推理文庫 104-5)

ローマ帽子の謎 (創元推理文庫 104-5)

 エラリー・クイーンの処女作であり、いわゆる「国名シリーズ」の第1作になります。そういう意味では本格推理小説の記念碑的作品であるといえるでしょう。

 ちなみに今回読んだのは創元推理文庫の旧訳版(井上勇)。現在の創元推理文庫には中村有希による新訳版が収められています。また角川文庫にも本作の翻訳が入っている模様。こちらは越前敏弥と青木創の共訳のようです。となると気になるのはハヤカワ文庫――と思って調べたところ、宇野利泰訳でした。ただし絶版です。

 あとどうでもよいのですが、タイトルについて創元推理文庫は旧訳新訳ともに『ローマ帽子の謎』。一方角川文庫とハヤカワ文庫は『ローマ帽子の秘密』。つまり「謎」か「秘密」の違いがあるということですね。原題は"The Roman Hat Mystery"なので、"Mystery"をどのように翻訳するかで違いが出たということになります。以前村上春樹サリンジャーの傑作"The Catcher In the Rye"を翻訳出版した際、今まで親しまれていた『ライ麦畑でつかまえて』ではなく、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という直球のタイトルに変えて、話題になったことがありますが、『ローマ帽子の謎』についてはそういう議論もなさそうですね。

ローマ帽子の秘密

ローマ帽子の秘密

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

 閑話休題。外的な情報はさておき、実際に読んでいて強く感じたのは「いかにも処女作だ」というところでしょうか。たとえば語り手の問題。クイーンといえば、語り手のクイーン本人が捜査から犯人の告発までを行うスタイル、すなわち語り手と探偵役が一致するスタイルでよく知られていますが、本作はその方式を採用していません。つまり多くの探偵小説と同じく、語り手と探偵役が分かれています。もちろん探偵はエラリー・クイーン(とその父リチャード・クイーン)ですが。

 また文体にしても「若書き」を感じさせます。そもそもクイーンは非常にやけに仰々しい文体ですが、本作は輪にかけて仰々しい。正直にいって、ややくどいとすら思いました。処女作の場合、作者の側が気負いすぎて文体がくどくなったり、あるいはいろいろなテーマを貪欲に語ろうとして過剰気味になったりすることはよくあることなので、「あのエラリー・クイーンですらそういう時期があったのか」と少しほほえましくなります。そういう積載過多な処女作を書いた作家でも、2作目以降は力が抜けてくるので、よい塩梅の作品が出来上がるというのもまたよくある話です。処女作より第2作目の方が評価が高い作家が結構いるのもこれが理由でしょう。ちなみにクイーンの場合はどうかというと――第2作目は『フランス白粉の謎』! 傑作じゃないか! 少なくとも『ローマ帽子の謎』より世評は高い作品です。

 さてここまで散々「若書きである」ということを書いてきましたが、とはいえ作者は天下のクイーン。推理小説の肝である不可能犯罪や論理性あるいはフェアゲーム精神は十分すぎるほどそなえられています。またクイーンは物語作者としても優秀な部類に入り、とりわけ「どんでん返しに次ぐどんでん返し」はクイーンの代名詞ですが、こちらの方面で見ても本作は2重丸。なかなかによくできたプロットだったのではないでしょうか。

 本作は処女作ということで、それにありがちな失敗は多く犯しています。が、のちに花開く才能の一片をのぞかせているのもまた事実。本格推理小説を飛躍的に進歩させた――いや、現代的な本格推理小説を形作ったエラリー・クイーンの足跡を追うには重要な作品だったのではないでしょうか。