nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

有馬頼義『四万人の目撃者』読了。

 有馬頼義といえば松本清張にならぶ社会派推理作家の双璧ということで、研究書や評論などでその名前を何度も見かけていたのですが、作品を読んだのはこれが初めて。中古で偶然見つけて買ってきました――というより、Amazonを見る限り有馬頼義の作品は現状新品では手に入らない模様……。時代に並走する大衆文学の宿命的なところがここにも表れています。

 さて本作はいわゆる本格推理小説ではありません。謎とその解決が物語の中心となる点で推理小説ではあるものの、本題は読者と作者のフェアプレイではなく、あくまでリアリズムにおかれています。社会派推理小説が本格推理小説の人工性に対する揺り戻しであるならば、本作はまさしく社会派推理小説であるといえるでしょう。

 ただし本作の面白いのは社会問題に対するアプローチ方法。社会派推理小説の傑作名作の多くは社会問題を真正面から扱います。確かに現実の社会を考えると、人間は社会的な軋轢からやむにやまれず、殺人のような重大犯罪を犯すのであり、その点からすると、あくまでリアリズムを標榜する社会派推理小説は社会問題をむげにはできません。

 しかし本作は社会派推理小説でありながら、社会問題に対して非常に冷淡な態度をとっています。繰り返すように社会派推理小説はリアリズムを重視する推理小説の形式であり、多くの社会派推理小説は社会のリアリズムを描こうとしてきました。しかし本作の場合、リアリズムの矛先は社会ではなく、人間におかれています。

 なぜ人間は苦しむのか。そして苦しむ人間はどのように行動するのか――こうした人間心理の追及が推理小説という構造を利用して語ることが本作の主題であり、他の社会派推理小説との違いとなっています。よって、謎解き中心の推理小説ではなく、やや芸術性の高い大衆小説程度にとらえながら本作を読むと、なかなかに楽しめて、かつ考えさせられる作品だったのではないかと思います。

 あと注目すべきは本作が野球ミステリの初期作品であること。日本の野球事情にうといので何とも言えませんが、本作はもしかすると日本における野球ミステリの嚆矢的存在、あるいは創始者的存在かもしれません。そういう点でも興味深い作品でした。