nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

深水黎一郎『最後のトリック』読了。

最後のトリック (河出文庫)

最後のトリック (河出文庫)

 本格推理小説の歴史とはどのようなものか? それはすなわちチェックリストを埋めていく過程にほかなりません。意外な犯人、意外なトリック、意外な動機――そうした要素に対して推理小説の鬼と呼ばれる作家たちが挑み、実現していく。いいかえれば今までに作例のない意外性をリストアップしてはそれをつぶしていくことこそ本格推理小説の歴史なのであり、そのつぶしていった先に残る最後の意外性とは「犯人になるとは到底思えない人間が犯人になること」、すなわち「読者が犯人」をおいてほかにないはずです。

 ――と前置きがややくどくなりましたが、本作は本格推理小説の発展史における「最後のトリック」、すなわち「読者が犯人」を中心命題においた作品となります。したがってこの扱っている主題からもわかる通り、本作は推理小説でもいわゆるメタミステリに分類される作品であり、猛烈に人を選びます。メタミステリは中毒といって過言ではないほどの愛好家がいる一方、ある種のばかばかしさがつきまとうのも事実であり、それを受け入れられない人にとっては苦痛以外の何物でもない。それどころか猛烈な拒否反応すら見せる人すらいます。本作のアマゾンレビューを見る限り、いわゆるファンとアンチが半々ぐらいいるように感じられます。

 さてわたしの立ち位置ですが「熱心なファンというほどではないが毛嫌いはしない」という程度。要はメタミステリ穏健派です。そのわたしから見て、本作の出来は非常に高いと思われます。「読者が犯人」という荒唐無稽なトリックに対し、かなり説得的かつ論理的な手段を提供できているのではないでしょうか。また肝心な部分ではないところ――たとえば作品の雰囲気づくりであるとかミスリードであるとか――もなかなかに高品質。つまり本作は「読者が犯人」だけの一発ネタ小説ではまったくなく、推理小説の文学性や芸術性といった点に関しても十分読み応えのある作品であると評価できるはずです。