nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

キース・ピータースン『裁きの街』読了。

裁きの街 (創元推理文庫)

裁きの街 (創元推理文庫)

 ジョン・ウェルズ・シリーズの第4作目にして、最終巻です。というか、これ以降続巻が出ていないので、事実上最終巻とみなされいるようです。実際、物語のラストも最終巻にふさわしい、最終巻らしいものになっているので、本当の打ち止めではないかと個人的には思います。

 ちなみに以前にも同じシリーズはブログの記事にしているはず――と思って調べたところ、第3作目の『夏の稲妻』がそれ。そうそう、『夏の稲妻』を読んで、このシリーズに関心を持ち始めたのでした。

 さてさまざまなハードボイルド小説があるなか、とりわけ本作がよかったのは「主人公ウェルズの追いつめられ具合」です。ハードボイルド文学において、何らかの理由で主人公が窮地に立たされるという設定はしばしば見受けられます。これは「周りからの救援のないなか、困難にひとり立ち向かう主人公の孤独さを描く」というテーマがきわめてハードボイルド的であるからでしょう。あるいは「にもかかわらず、信じてくれる仲間がいる」という方向に物語を転がして、ホモソーシャル的な友情を描くこともできます。これも非常にハードボイルドらしいですね。

 要するに主人公を追いつめることはすなわち、ハードボイルド的な物語展開にとって都合がよい起点であるわけですが、本作の場合、追いつめられ方が徹底しています。まず本作で主人公ウェルズはイェール大学出身で、NPOに努める好青年を誤って殺してしまうのです。これでも十分追いつめられていますが、ここで止まらず行くところが本作の美点。自身が新聞記者であることが災いして、正当防衛の殺人をライバル紙によってことさら書きたてられたり、ライバルの悪徳警官に真相追及を散々邪魔されたり……。ここにウェルズの抱える暗い過去がときおり頭を出し、読者は非常にいたたまれない気持ちになります。また本シリーズはハードボイルド文学の割りに心理描写を重視する(しかもまたこれが上手!)ので、主人公が物理的に追い詰められているだけでなく、精神的にも追い詰められていく様子が手に取るようにわかっていくわけです。読んでいるだけで胸が痛くなってきます。

 しかし、だからこそ、最後に訪れるカタルシスは非常に大きい。とりわけ本作は考えられるなかでもっとも明るいハッピーエンドを迎えます。正直「できすぎ」感は否めません。わかりやすい起承転結と勧善懲悪は、複雑なエンターテイメントがあふれる現代において、批判もあるでしょう。が、そのような批判は本作において当てはまらないのはいままで述べてきたとおりです――主人公を極限まで追いつめたのであれば、それに唯一呼応しうるラストは極限のハッピーエンド。「文学」にありがちなやや苦味のきかせたラストでは、それまでの主人公の追いつめられ具合が引き立たない。やるなら極端でないといけません。

 いってしまえば、上質の「エンターテイメント」小説です。整合性やリアリティや芸術性は2の次。大事なのは楽しめるかどうかであり、わたしは非常に楽しめたことはいうまでもありません。