nekoTheShadow’s diary

技術ブログとして始めたはずが、読書&愚痴ブログになりました(´・ω・`)

生島治郎『追いつめる』読了。

追いつめる (中公文庫 A 23)

追いつめる (中公文庫 A 23)

 日本のハードボイルドのエポックメイキング的作品のひとつ。

 Amazonを見る限り、いろいろな出版社から出版されているようですが、わたしが読んだのは中公文庫版。もちろん(といわねばならないところが悲しいですが)絶版です。なおAmazonには中公文庫版の写真がないようなので、以下に掲載しておきます(需要はないと思うけれど……)。

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 ――と写真のアップロード中に何の気なしに見ていたところ、紙の本としてはほぼ絶版ではあるものの、電子書籍としては手に入るようです。版元は光文社!

追いつめる 光文社文庫

追いつめる 光文社文庫

 ううむ、古本屋を駆け巡らねばならないと見つからないような絶版作品がこれだけ電子書籍で手に入るとなると、Kindleの導入も真面目に考えないといけませんね。

 閑話休題

 私見によれば本作のエポックメイキング性は大きくふたつに分けられます。

 まずその第1は本作が直木賞受賞作であるということ。日本ハードボイルドの発展とはすなわち「舶来ものをローカライズしていく歴史」であり、その最終目標とはいわゆる「浸透と拡散」でした。つまり日本娯楽小説の最高峰である直木賞を受賞するということは、日本人がハードボイルドを楽しむだけの素養を身に着けたということであり、日本のハードボイルドが成し遂げたかったある種の悲願を象徴しているといえるでしょう。もちろんそれが可能だったのも、本作の作者・生島治郎が日本ハードボイルドの第1人者であり、その黎明期より盛んに啓蒙活動に取り組んでいたからに他ならないとわたしは考えています。

 さてもうひとつのエポックメイキング性とは作家・生島治郎を語る上のそれです。端的にいえば本作は生島治郎の中核となるところがもっとも色濃く出ているのです。たとえばあとがき(森村誠一)は次のように述べています。

生島治郎氏の作品は、まぎれもなく「男の世界」が描かれている。それも絶対的な勝利者の世界ではなく、裏切られ、傷つけられながら、目的に向かってひたすらに突き進んでいく男たちだ。彼らは、いずれもなにかに賭けている。賭けたものを信じている。目的を達した後に残るものは、達成の充実ではなく、達することによって目的を失った虚無とほろ苦い感傷である。(p.379)

 あるいは次のようにも。

 このように、氏の作品に登場する人間たちは、いずれも人生の陰影のようなものを背中に貼りつけている。それを人に見せないために、いつも人生に真正面から対決している。彼らの背中は、読者にすら、あまりみせない。ハードボイルドとは、人が生来的に背負った人生の影を隠す小説なのか。だが、生島氏の作中人物は、背後にその翳を長く曳いている。それが彼らのキャラクターに魅力ある隈どりを添えている。
 氏は「人間を描く」という言葉を好まない。それでいて、登場人物の魅力は抜群で、みな生き生きとしている。それは彼らの背負った人生の陰影に共感をもてるからである。
 彼らの陰影は、人生における救いようのない絶望と挫折に根ざしており、彼らは社会の既成物に反発することによってふたたび立ち上がろうとする。我々のだれもがかかえている失望や怒りを、独特のひねりをきかせた作中人物に寄託しているのだ。(p.381)

 まさしくあとがきのいうとおり。ハードボイルド小説ははたから見ると「お約束」にがちがち縛られたジャンルに見えるかもしれませんが、実のところは作者ひとりひとりによって、あるいは作品ひとつひとつによって、核となる部分は異なってきます。つまり生島治郎にも生島治郎なりの「ハードボイルドとは何か」という「思い込み」があり、それが十二分に発揮されているのが本作なのです。

 ハードボイルドを語るうえでも、あるいは作家を語るうえでも、欠かせない作品――本作はそう評価するのが最も妥当でしょう。

 ただ語弊があってはいけないので書きますが、本作は「歴史」という側面はもちろん「物語」という側面からも興味深い作品です。幼稚ないい方を許すならば「普通に面白い作品」です。本作を楽しむにあたっては今まで述べてきた予備知識は必ずしも必要ありません。

 何も考えず、枯れていながらも濃厚な男たちの世界に飛び込む――ただそれだけでよいのです。