nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

大沢在昌・選『警察小説傑作短編集』読了。

 その名の通り警察小説(短編)のアンソロジーです。収録作品は以下。

  • 藤原審爾「若い刑事」(新宿警察シリーズ)
  • 結城昌治「熱い死角」
  • 佐野洋「折り鶴の血」(折り鶴刑事部長シリーズ)
  • 高橋治「椿の入墨」(神崎省吾事件簿シリーズ)
  • 都築道夫「写真うつりのよい女」(退職刑事シリーズ)
  • 三好徹「幽霊銀座を歩く」(銀座警察シリーズ)
  • 生島冶郎「兇悪の門」(兇悪シリーズ)

 このうち藤原「新宿警察シリーズ」と都築「退職刑事シリーズ」については記事化しています。両者とも当該記事で取り上げている文庫本それぞれに「若い刑事」と「写真うつりのよい女」は収録されています(そのはず)。

 あとは調べた範囲で上記短編が読める単行本・文庫本の一覧も載せておきます。

新宿警察I (双葉文庫)

新宿警察I (双葉文庫)

折鶴の殺意 (1979年) (文春文庫)

折鶴の殺意 (1979年) (文春文庫)

退職刑事 (1) (創元推理文庫)

退職刑事 (1) (創元推理文庫)

銀座警察25時 (光文社文庫)

銀座警察25時 (光文社文庫)

兇悪の門 (講談社文庫)

兇悪の門 (講談社文庫)

――とまとめてみたものの、なかなかの惨状。新品で手に入るのは「退職刑事シリーズ」だけ。そもそもこのアンソロジー自体が絶版という状態です。

 ミステリや警察小説に限らず、大衆小説一般は絶版になりやすいきらいがあります。そのため読みたい小説が見つかっても、本屋に並んでいないこともしばしば。Amazonマーケットプレイスにすらないことすらあります。

 復刊するのを気長に待つべきとは思いますが……出版不況のご時世、どれだけ売れるかわからない昔の大衆小説をもう一度流通させる勇気と体力が出版社にあるかどうか。となると中古をあさり続けるほかないわけです。ここがミステリファンのつらいところですね。

 それはさておき、なかなか「よい」アンソロジーでした。収録作品そのものが面白かったのはもちろん、日本の警察小説を語るうえでは欠かせないものばかりで勉強にもなりました。

 またまえがきは選者の大沢在昌。警察小説の金字塔「新宿鮫シリーズ」の作者ですね。警察小説の第一人者でもある彼が創作者の観点から警察を語っており、これもたいへん勉強になりました。とくに「警察官を小説に使いやすい理由」として次のように書いていることには感心しきり。

 次に、警察の組織、警察官の生活が意外に知られていないことがあげられる。インターネットや今朝つの裏ネタ本など、かつてに比べればこの二十年で大量の警察情報が流れるようになったものの、まだ実際の操作法や指揮系統について具体的に知る人は少ない。
 考えてみると実に奇妙である。日本には二十五万人を超える警察官がいて、これをひとつの企業として見れば、巨大としかいいようがない。にもかかわらず、絶対的に情報が不足しているのだ。
 フィクションの世界では、「皆がその存在を認知しているのに、具体的な内容を知らない職業」は、おいしい題材になる、という説がある。
 警察官はまさにそれにあたる。
 情報が不足しているというのは、組織としての警察が秘密主義であること、どんなにいい加減な設定のドラマ、映画、小説、コミックがまかり通ろうと、「あれはまちがい」と決して警察が訂正しないからだ。私なども、それにずいぶん助けられている面がある。(pp.7-8)

 たとえば私立探偵などもそう。どのように仕事をしているのか、あるいはどのような生活を送っているのか、よく知られていないという一面がある。だからこそ作者は様々に味付けがしやすい。おそらく現実の私立探偵にはフィリップ・マーロウのような人物はいないはず。ですが私立探偵という職業の実態が読者にわからない以上、それ相応の書き方がなされていればリアリティを帯びてくるというわけです。

新宿鮫 新装版: 新宿鮫1 (光文社文庫)

新宿鮫 新装版: 新宿鮫1 (光文社文庫)

 まえがきばかりほめていますが、郷原宏のあとがきも読む価値ありです。「警察小説の歴史において収録短編がどのような意味合いを持ったのか」少々大げさですが大体そのようなことがかかれています。外的な情報を一切排除してその作品ばかりをほめそやす印象批評(ともいえないような)タイプが個人的には非常に苦手なので、この手の解説は大歓迎。むしろ知識欲を満たしてくれる上に、将来的な読書ガイドにもなるときたら、読むこむほかありません。

 あと個人的に郷原宏といえば『推理小説論争史』。この本も勉強になりました。この手の評論書・研究書にしてはずいぶんと良心的な価格、しかも絶版になっていないので是非買いましょう。いや買うべし。

日本推理小説論争史

日本推理小説論争史