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nekoTheShadow’s diary

技術ブログとして始めたはずが、読書&愚痴ブログになりました(´・ω・`)

キース・ピータースン『夏の稲妻』読了。

夏の稲妻 (創元推理文庫)

夏の稲妻 (創元推理文庫)

 まえまえから気になっていたハードボイルド小説のひとつ。このたびようやく手に入れることができました。面白かったです。

 そもそも1990年アメリカ探偵作家クラブ賞(The Mystery Writers of America, MWA)最優秀ペイパーバック賞を受賞しており、物語の面白さについては折り紙付き。探偵小説にはいろいろと賞やランキングはありますが、MWAはどの部門とも少なくとも受賞作については信用してよいと思います。候補作ぐらいだとときどき怪しい作品が混ざっているのですが……

 賞に関してはともかく話は面白いですし、何より主人公ウェルズがいいキャラしてますね。健康が絶対正義とされる中でたばこを浴びるように吸い、当然深酒もする。技術革新なんてなんのその。新聞記者という職業柄、記事を書くにあたってはワープロではなくタイプライターを使う。そんな「ばつ1」の47歳。すごい男です。

 一部例外はありますが、ハードボイルド小説の大半は探偵役の1人称で物語が進みます。つまり読者は探偵の目を通じて作品内の社会を覗き見るわけですね。そして社会を描き出す際にはその目が社会とは少しずれていなければなりません。仮に社会が緑色だとすれば人びとは緑色の肌をしていて、当然悪や不正も緑に紛れているはず。何であれ緑色を背景に緑色がうごめいている中で、探偵たちは緑をくっきり見分けて読者にその詳細を伝える必要があります。そしてそのためには赤色のめがねをかけねばならないのです。

 緑色が絶対とされる社会で赤色のめがねをかけるということ――ウェルズの一風変わった設定は物語世界を語るという役割を担ったがゆえに付与されたとわたしは考えます。

 もう1点、ウェルズに関してうまいと感じたのは彼の職業。つまり新聞記者ですね。

 探偵小説は提示された謎を主人公が解き明かすことを主な目的とします。というよりそれがなくては探偵小説とはいえません。したがって探偵小説を探偵小説たらしめんためには主人公が事件に介入する必要があり、物語である以上はそれに対し合理的な説明が必要になります。

 なぜ探偵役は事件を解決できるのか?それが可能となる立場はいったいどのようなものか?まず思いつくのは警察官ですね。彼らは職務として犯罪解決を行わねばならないからです。しかし警察官は国家権力。緑色の社会を批判的に見るのに探偵がその権化ではちょっとまずい――ということでさまざまな作家たちが知恵を絞った結果、また新しい解答が生まれました。私立探偵です。彼らも事件解決を生業にしています。ですから「なぜ事件にかかわるのか」と問われて「私立探偵だから」とだけ答えていればよいわけです。

 しかし私立探偵にも欠点があるのです。私立探偵は依頼を受けて初めて事件にかかわりますが、これを裏返すと「依頼がなければ捜査を行うことはできない」ということにほかなりません。つまり私立探偵は事件を解決して報酬をもらうというプロフェッショナルである以上、無報酬で縁もゆかりもない事件に首を突っ込むとなるとたちまち違和感を生じるのです。

 この点、新聞記者という設定はよくできていると思います。マスメディアという職業柄赤色のめがねは規律訓練的に身についていますし、たとえ何の関係がない事件でも取材という大義名分を振りかざせば容易に介入できてしまう。給料に関しては新聞社という大パトロンがいるので無問題――つくづくよく考えられた設定ですね。

 しかも本作のすばらしいところは考え出された設定にあぐらをかいていない点でしょう。見晴のよい視野を十分に利用して物語を進めるのはもちろん、ウェルズや仲間たちの個人的な問題をそれに絡めていくことで、作品に奥行きを与えています。とくにウェルズと同僚の若い女性記者であるランシングの関係、互いが互いを思いあう関係には胸を締め付けられそうでした。

 ――なんだか今日の記事は自論ばかり述べていますね。肝心の作品にほとんど触れていない。いけませんな。「よい作品はそれだけ人を饒舌にさせるのだ」という言い訳をしつつ、反省します。

 ところでこの「ウェルズ・シリーズ」は全部で4冊しかないそうです。やたらシリーズが長大化するハードボイルド作家にしては珍しい――と思いきや、作者のキース・ピータスンはいくつか名義を使い分けているらしく、最近は別名義で活動しているようです。ふむふむ、アンドリュー・クラヴァンというのか。見つけたら読んでみよう。

真夜中の死線 (創元推理文庫)

真夜中の死線 (創元推理文庫)

 でもまずは「ウェルズ・シリーズ」のコンプリートが先ですね。『暗闇の終わり』『幻の終わり』『夏の稲妻』『裁きの街』の順番だそう。ただ全部絶版で電子書籍もないという……頑張って中古を探すほかないようです。

暗闇の終わり (創元推理文庫)

暗闇の終わり (創元推理文庫)

幻の終わり (創元推理文庫)

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裁きの街 (創元推理文庫)

裁きの街 (創元推理文庫)