nekoTheShadow’s diary

IT業界の片隅でひっそり生きるシステムエンジニアです(´・ω・`)

藤沢周『オレンジ・アンド・タール』読了。

<今週のお題「最近おもしろかった本」>という企画を知ったので、便乗投稿してみたいと思います。

オレンジ・アンド・タール (光文社文庫)

オレンジ・アンド・タール (光文社文庫)

 本作は中編集。以下の2編が収録されてますが、それぞれ独立の作品ではなく、両作品とも同じ物語世界を共有している(同じ出来事が別の視点からそれぞれ語られる)ので、実態的には1編の小説といえるかもしれません。

  • 「オレンジ・アンド・タール」
  • 「シルバー・ビーンズ」

 さて私見によれば本作が表現しようとしているのは「<若さ>について」。

 まず最初の中編では<若さ>ゆえの無謀さや臆病さ、純粋さや疑い深さが高校生の群像劇を通じて語られます。相反しながらも奇妙に同居する「<若さ>ゆえのxx」が「蟠り」となり、それが本来<若さ>には縁遠いはずの「死」へ若者たちを引き寄せていく――論理的に書けば書くほど手のひらからこぼれていく<若さ>ゆえの感覚。それを物語に落とし込むことで真正面から語ろうとしているという感想をわたしは持ちました。

 そして2本目ではその<若さ>を抱え込んでしまったまま<大人>になった男が主人公になります。本来時が来れば人は<若さ>を否定して、<大人>にならなくてはいけない。しかしそのきっかけを失ってしまった男が「蟠り」に苦しみ、そして「通過儀礼」を経て<大人>になる覚悟を決めるのです。実はその「通過儀礼」とは「死」に近づくことでした。

 <若さ>はあらゆる人が経験し、その全員がそれをやめて<大人>になっていく――本作はそうした一連の過程をきわめて痛々しく語った作品ではないでしょうか。少なくともわたしにはそう読めたのでした。

 ところでこのブログで何度か書いたかもしれませんが、わたしは大学5年生。去年就職に失敗し、今年2度目の就職活動中です。なぜ去年就職しなかった(できなかった)のか。それは「就活に全く意味を見いだせなかったから」にほかなりません。ビジネスをするうえで、ひいては実社会で生活するうえで役に立つとは思えないエントリーシートを書き、人物重視といいつつ建前だけの答えに終始する面接を繰り返す――それらをむなしく思う気持ちが面接官に見抜かれていたのでしょう。書いては祈られ、受けては祈られを繰り返し、めでたく「留年」と相成ったのでした。

 しかし二度目の就活進行中の今になって思うのが、「就活こそが<大人>になるための『通過儀礼』ではないだろうか」ということ。「無意味」に思える(そして実際「無意味」な)エントリーシートや面接を短期間で集中的に行うことで、自らを「無意味」に染め上げていく。それは人間の一挙一動に根拠を求める世界、すなわちアカデミックな世界にいる学生にとってすなわち「死」ではないでしょうか。

 あと本作でよかったのはお笑い芸人の若林正恭氏(オードリー)によるあとがき。個人的には本を選ぶ際あとがきは重視しないタイプですが、この本だけはあとがきで決めてしまいました。それだけ素敵なあとがきです。

 「映画監督になる」だの「起業する」だのと宣言していた友人達が大学3年になっていとも簡単にリクルートスーツを着て就職活動を始めた。
 一度、友人に意地悪な気持ちで「あれ? お前、映画監督になるんじゃなかったの?」と聞くと「うん、その道も捨てた訳じゃないけどね。社会人の経験もしてやっぱ違うなと思ったら映画の専門学校っていう手もあるかな」と友人は答えた。
 否定する気持ちは毛頭無かったけど、こんなことなら深夜の公園でいつになく真面目な顔で「映画撮ってみたいんだよね……」なんていう友人の話を真剣に聞く必要はなかったな。と後悔した。

 
 別の友人に就職先を聞かれた時も「決めてない」と言うと、「何スカしてんの! 就職して結婚もしなきゃいけないんだぜ」と言われ、吹き出しそうになった。吉祥寺のロータリーで毎晩屯していた男が「行けないんだぜ」なんて言うからフリが利いていて妙におかしかった。
 その男の屯や長髪を「反逆なのかな」と捉えていたが、「順応」の間違いだったな。と気付くと合点がいった。
 思春期の頃から法に抵触するようなことをやっていたタイプの友人達がごくごくスムーズに社会人仕様になっていく流れにずるずると取り残されていく。
 「それでいいのか?」という、そのあまりにもありふれた若者の伝統的なわだかまりを、ぼくは「これか~」と手のひらに乗せ、停滞する理由にして、立ち尽くした。
 「なんで素直に就職活動を始めてくれないかね」と自分を他人事のように呪った。
 みんあと同じように自然に「だってしょうがねえじゃん」と納得したい。
 なのに、どうしてもわだかまりが障害になって前に進まない。
 「またこれだよ」とがっかりした。(p.238-239)

 こういうのいるんだよねー。わたしの知り合いでも「将来はアーティスト目指してます!」と公言していた女の子がひっつめ髪にリクルートスーツで学内説明会をはしごしているのを見て、正直笑ってしまったことがあります。あれだけ周囲に言いふらしていたのだから、卒業後はてっきり映画かデザインの学校に行くものだと思っていたのに。自分の才能に見切りをつけたのかしら。本人が考えに考えて選んだ道なので、他人が口出しする権利はありませんが……。

 でもアーティスト志望のままでいてほしかったな。わたしの勝手な願望だけど。