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nekoTheShadow’s diary

技術ブログとして始めたはずが、読書&愚痴ブログになりました(´・ω・`)

魔夜峰央『翔んで埼玉』(このマンガがすごい!comics)

読書

面白かったのでブログに書評めいたことを残したいのですが――冗談を講釈するほど無粋なこともないと思うので、ごく簡単に済ませておきます(´・ω・`)

表題作『翔んで埼玉』はエスニックジョークの極致です。民族や出身国をステレオタイプ的にとらえ、なおかつそれを笑いものにするエスニックジョークは差別へと接続されかねない危険さを持つ一方、それが冗談であるとわかるハイコンテキストな文脈においては、これほど面白いものはありません。本書というより表題作は明らかに後者。埼玉をエスニックジョーク的に茶化しつつ、その茶化し方が徹底しているため、後味のいい笑いを生み出しているのです。

あと余談ですが、本作はamazonほか、ネットショップで買うことをおすすめします。というのは本作の出版元が「このマンガがすごい!comics」という超マイナーなそれだから。書店のとりわけ漫画コーナは通常「出版元ごと」に分類されているので、マイナーな出版元の本を探すのは結構苦労します。かくいうわたしも川崎市内の某巨大書店で探すのに30分近くかかったのでした……。がってむ(´・ω・`)

最近読んだ3冊: 岡田一郎『革新自治体: 熱狂と挫折に何を学ぶか』(中公新書), 池内恵『【中東大混迷を解く】サイクス=ピコ協定: 百年の呪縛』(新潮選書), 宇野重規『保守主義とは何か: 反フランス革命から現代日本まで』(中公新書)

読書

タイトルが長くなってしまった(´・ω・`) 最近政治系の新書を読む機会が多く、その読んだ中で興味深い3冊を簡単に紹介します。

岡田一郎『革新自治体: 熱狂と挫折に何を学ぶか』(中公新書)

今では考えにくいことですが、社会党あるいは共産党など、左翼/リベラル勢力が地方行政のヘゲモニーを握っているという時代が日本にありました。とくに左翼/リベラル系の政治家が首長を務めていた自治体を指して「革新自治体」といい、教科書的な記述にのっとれば「高度経済成長による公害被害の拡大とともに『革新自治体』は出現、その後福祉政策の拡充を原因とする放漫財政がたたってその姿を消していった」とされていますが、はたして本当でしょうか? 日本社会党史を専門とする筆者により、革新自治体の栄枯盛衰が多面的に検証されており、いまや顧みられなくなった「革新自治体」の総括になっている一冊だとわたしは感じました。

池内恵『【中東大混迷を解く】サイクス=ピコ協定: 百年の呪縛』(新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

イラク戦争やシリア内戦など、混迷を極める中東情勢ですが、その大元凶であるというような文脈において、サイクス=ピコ協定の名前を耳にすることが多くなりました。しかし本当に物事はそれほど単純なのでしょうか? サイクス=ピコ協定ならびにイギリスの3枚舌外交が中東に大きな禍根を残したのは事実でしょう。とはいえ昨今の中東の混迷には、複雑な政治/民族状況が関係しており、とても過去の密約ひとつに集約できるような話ではありません。本書では日本/日本語では得難い、中東に関する良質な情報や中東を観察する視点が提供されており、日本における知現代中東政治研究の第一人者として名高い筆者だけのことはあると思いました。

宇野重規保守主義とは何か: 反フランス革命から現代日本まで』(中公新書)

現代日本において、あるいは多くの先進諸国において、保守主義は強い動揺を迎えています。本屋に行けば、さまざまな著者や知識人たちが思い思いの保守主義を表明していることからも明らかなとおり、「何を保守すべきなのか」がわからない時代になっているのは確かでしょう。本書はエドマンド・バーク保守主義の源流として、その保守主義がイギリス/アメリカ/日本において、どのように拡散し影響したのかをさまざまな思想家を取り上げながら、分析しています。動揺する現代の保守主義において、保守主義とは何かをもういちど問い直す、よい機会になるかもしれませんね。

ポートフォリオサイトもどきを公開していました

雑記

タイトル通り、自分のポートフォリオ・サイトを公開しました。というか公開していました。ホスティングGitHub Pages。HTML5Twitter Bootstrapを利用しています。web系のプログラマ/エンジニア/デザイナがよく公開しているものと同じです。

とはいえコンテンツは自己紹介ページだけ。その唯一のコンテンツも深夜の勢いで作ったので、完成度は低め。内容はともかく、UI/UXはもう少し凝ったものを作りたいですね……時間があれば(´・ω・`)

今後の願望としては、コンテンツをもう少し充実させていきたいです。現状考えていることとしては「簡易的な技術書の書評ブログ」。Qiitaにその手の書評を書くことはなんとなく憚れるし、かといってこのブログは小説&新書&愚痴中心に運営されているので、技術的なことを書くのは少し場違い。要するに技術書の感想/書評/レビューを書く場所がなく、消去法的に「ポートフォリオサイトのコンテンツのひとつにしてしまえ」と考えているわけです。

ただ自分でいちからブログを運営するというのは、かなりのいばらの道ではあります。最近はとにもかくにも仕事が忙しく、時間が足りていないので、それだけの面倒なことをこなせるかどうか……。一度自動化してしまえば、以降は楽なのかもしれませんが、その自動化すること自体に時間がかかるので、なかなか悩ましいところではあります。

まあ技術書専門のブログとして別のはてなぶろぐを立ち上げてもいいわけですし、なかなか悩ましいところではあります(´・ω・`)

最近読んだ2冊: 立川談春『赤めだか』&小笠原啓『東芝 粉飾の原点: 内部告発が暴いた闇』

読書

最近読んで面白かった2冊を紹介します(´・ω・`)

立川談春『赤めだか』(扶桑社文庫, 2015)

赤めだか (扶桑社文庫)

赤めだか (扶桑社文庫)

著者である立川談春が師匠の立川談志に入門したのち、前座/二つ目を経て真打になるまでの修業時代を振り返ったエッセイ集です。ここ最近ドラマになったらしく、書店の平台に文庫が積みあがっていたので、何気なくレジへもっていったのですが――これがなかなか素晴らしい内容でした。

落語家になるには、特定の師匠に対して「入門」する必要があります。「入社」や「就職」ではなく、あくまで「入門」です。要するに師匠と擬制的な親子関係を取り結び、親が子を育てるようにして弟子を育てていく。近代社会とは違う理屈の世界で、どのようにして落語家が一人前に成長していくのか。本書は当事者によりその過程が描かれており、ユーモア交じりなこともあって、ついつい一気読みしてしまった記憶があります。

意外に感じられたのが、師匠立川談志の弟子養成が結構親切なこと。メディアで見る破滅的なイメージからすると、弟子をぞんざいに扱ったように思われますが、実際は違ったようです。もちろん滅茶苦茶なエピソードもかなり書かれてはいるものの、こと落語家養成ということになると、弟子に手取り足取り稽古をつけています。右も左もわからない新人を現場に突っ込んだ挙句、ろくに指導もせずに仕事を押し付けるという育成方法をとる会社が世の中にはあるらしいので、こういう話を読むと涙が出たりでなかったり(´・ω・`)

小笠原啓『東芝 粉飾の原点: 内部告発が暴いた闇』(日経BP社, 2016)

東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇

東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇

日本を代表する大企業であり、不調気味の製造業界において気炎を吐いていたはずの東芝。しかし実際は巨額の粉飾決算を行っており、会社の存亡が問われるほどの事態になっているというニュースはいまだ世間をにぎわせています。本書は関係者へのインタビューをもとに、東芝巨大粉飾決算の原因を探ったものです。

本書を読む限り、腐敗の理由は「組織の風通しの悪さ」にあります。上司が部下に対して、パワハラまがいの方法で目標を達成させることが日常化していたようです。部下も東芝ブランドや給料あるいは福利厚生を考えると、そのパワハラ的要求をのまざるを得ず、不正は深刻化してった様子が本書にはありありと書かれています。もっともパワハラ上司もそのまた上の上司から目標をパワハラ的に押し付けられており、パワハラウォーターフォールが不正の根本にあるといえるかもしれません。

ではパワハラの最上流にいる経営陣はどうして浮世離れした目標を立てるに至ったのか? これが実にくだらない理由で、「自分の面子や政治勢力を維持拡大するため」。要するに人事抗争や権力闘争の一環であり、その結果が「不正を行ってでも目標を達成する」という組織体質を作り上げたわけです。「魚は頭から腐る」ということが実感できる一冊でした。

ブログのデザインを変えた&近況報告的なぼやき

雑記

ブログのデザインを変えました。今までは「黒地に白文字」というスタイルでした。なぜそういうデザインのチョイスだったのかというと、このブログがもともと技術ブログだったということがあります。プログラミング用のエディタには「黒地に白文字」というものがおおくありますよね。要するにそれの影響です。

とはいえ月日は流れ、技術的な要素はQiitaに引っ越しすることになり、本ブログは読書&愚痴&近況ブログへと進化(?)を遂げました。そういう観点のブログとして見てみると、「黒地に白文字」というのは文章を読ませるという点で不向き。なんといっても目が疲れますから、心機一転、デザインを変更してみたというわけです。

ブログデザインを変更するにあたって、考慮した点は以下の通りです:

  • 白地に黒文字、ないしそれに類する文字色であること: 前述のとおり、文章が読みやすい
  • はてなの公式テーマであること: 著作権的なあれこれが面倒なため
  • ツインカラムであること: 単なる好み
  • そしてて何よりかわいいこと

以上を考慮して、現在の「Popcorn by カタノトモコ」というデザインになりました。どうですかね? ガーリッシュなキュートさにあふれており、個人的には結構満足です(´・ω・`)


いまのわたしはSIerのSEとしてデビュー戦の真っ最中なのですが――すごくすごくつらいです(´・ω・`) あげだすときりがないのですが、つらい理由をいくつか挙げてみると……

  • 全体を統括するアーキテクトが明らかに技術をわかっておらず、システムの全体図がひどいことになっている
    • そのうえそのアーキテクトが設計書を書いているという悲劇
  • 要件を満たすことに注力しすぎており、どう考えても使いづらいシステムになっている
  • 使用する技術に関して有識者がだれもおらず、答えがわからないまま開発に突入しようとしている
  • ドキュメントのほとんどは「エクセル方眼紙」
    • ドキュメントのほとんどは、どう考えても要らない類のもの

などなど。これ以上書くと、わたしが闇にのまれかねないので、やめておきます。社会人になってまだ半年もたっていないにもかかわらず、日本のIT業界というか日本のSIerの深淵をのぞいております。そこそこ大きい企業でこの体たらくだからなあ……。先が思いやられる(´・ω・`) 退職エントリを書くようなことになったりして(冷笑)

最近読んだアメリカのキリスト教に関する2冊がとてもよかった

読書

ここ最近、アメリカのキリスト教に関する本を2冊を読み、そのどちらも興味深い内容だったので、ブログで紹介します。

森本あんり『反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書,2015年)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

最近よく耳にする「反知性主義」という単語。日本では「あらゆる知性に反感を持ち、自分たちの思う通りのことだけを信じる」という程度の意味合いであり、概して自民党/安倍政権支持者に対するレッテルとして利用されている節もあります。しかし本書のとる立場はそれとは違います。本書によると「反知性主義」とは「あらゆる知的権威が政治権力と結びつくことを恐れる態度」であり、それはアメリカに土着したキリスト教の神学的な裏付けによって支えられています。

言い換えれば「反知性主義」とは「知性の越権を厳しくいさめる思想」であり、アメリカの民主主義の原点であるといえるかもしれません。一方で進化論すら否定する聖書原理主義的な人々を数多く生み出しており、対岸の火事を眺める立場から言えば「功罪半ばする」という感想を抱きました。とはいえグローバル化の時代ですから、アメリカ固有の「反知性主義」が太平洋を越えて日本へ到来する可能性も十分あります。

松本佐保『熱狂する神の国アメリカ: 大統領とキリスト教』(文春新書,2016年)

タイトルだけ見ると、近年日本でも話題の、アメリカのキリスト教原理主義の実態をレポートした新書のように思うかもしれません。その手のことも触れてはいるのですが、本書のメインテーマはむしろアメリカにおけるカトリックの歴史です。アメリカといえばWASPの国、つまりプロテスタントの国というイメージ持ちますが、実際には人口の20%近くがカトリックであり、アメリカ政治を語るうえで無視できない存在です。そのアメリカのカトリックがアメリカ政治にいかに影響を与えてきたのか、あるいは主流派であるプロテスタントとどのような関係を保ってきたのかについて、本書の記述の8割が充てられています。またキリスト教シオニズムという観点から、アメリカのユダヤ教についても少し書かれており、アメリカ=プロテスタントというイメージが覆った本でした。

正直に言うと、タイトルでやや損をしている感はありますね(´・ω・`) もうちょっとカトリックについて書いた本であるということを推すようなタイトルでもよかったように感じます。

ブルックス『人月の神話【新装版】』(2014年、丸善出版)

読書

人月の神話【新装版】

人月の神話【新装版】

ソフトウェア開発におけるプロジェクトマネジメントの古典であり、読んでいないシステムエンジニアはもぐりだとか(適当)。新卒でSIerに身を投じた人間として、このたび読んでおくことにしました。

もともとが古い本(1975年)のため、内容がまったく時代遅れかと思いきや、そんなことはなく、現代の日本でもありうる話ばかりでした。確かにこまごまとした部分に古さを感じるようなこともあった(とくに技術面)のですが、プロジェクトマネジメントや組織づくりに関しては現代日本のSIerが抱えていそうな問題が指摘されています。となると1975年から日本のソフトウェア開発は進歩していないということになりますね……。

内容について、気になった点を箇条書きにしておきます。

  • 本書では繰り返し「システムの中心的なコンセプトの重要性」を解いており、それに合わせたチーム作りや組織作りを推奨しています。わたしもこの意見に賛成。完成度の高いモジュールを組み合わせれば、おのずと完成度の高いシステムができるような気もしますが、これは間違い。組み合わせ方にもコツ=「中心的なコンセプト」があり、それなくしてはめちゃくちゃなシステムが出来上がるだけです。
  • 「人月は交換できない」というアイディアは知的作業全般に言えることでしょう。プログラミングならなおさら、できるプログラマとできないプログラマの生産性が段違いであることは、プログラマなら知っているはず。また「遅延しているプロジェクトに人員を追加しても、コミュニケーションコストと教育コストがのしかかるせいで、プロジェクトがさらに遅延だけ」という「ブルックスの法則」も人月の交換不可能性から導き出されています。
    • とはいえプロジェクトの規模を見積もる尺度として人月ぐらいしかないというのも現実なので……。どうすりゃいいのか(´・ω・`)
  • 本書はチーム全員がチームの資産に簡易にアクセスできる状況を理想としており、その実現のためドキュメントやコミュニケーションの方法論を提示しています。結論はごく当たり前(というか本書が当たり前にした)ものなので割愛しますが、気になったところが1点。本書ではより安価なコミュニケーション手段として電子メールを推奨してますが、電子メールってそんなにコミュニケーションコストが低いですかね?
    • 1975年の本なので、当時としては電子メールは最良の手段だったのかもしれませんが、現代に生きる私としては電子メールですらつらいときがあります(マナーとかcc/bccとか)。まあだからこそビジネス向けチャットが流行っているのかもしれませんね。
    • わたしも仕事でチャットをつかいたいでござる(´・ω・`)
  • 銀の弾丸などない」ときどき開発手法について書かれたブログが炎上しているのを見たりしますが、やはりソフトウェア開発に王道はないと思います。ただ「王道はない」ことは「道はない」ということとイコールではありません。より洗練されたメソッドを試行錯誤しながら使っていくのが現実的な最適解でしょう。